最初に古典的美術作品に触れることは情操的にも価値があります。
そしてもうひとつ重要なことは、印刷物ではない、生の絵の具の色あいに触れることです。
オーナー自身が若い頃に美術家を目指していたというこのお店は、多くの壁画や絵画で埋め尽くされています。それらの多くが模写作品で、これを「偽物」と言うのは簡単ですが、ここまで徹底する心意気は賞賛に値します。理由のひとつは、模写作品の多くが古典の有名な作品であり、本物なわけがないという当たり前の事実、そして来店のお客さんにとってはとても新鮮に感じることができて、ここでアートに初めて触れて興味を持ち始める事例というものも確認されています。
最初に古典的美術作品に触れることは情操的にも価値があります。
そしてもうひとつ重要なことは、印刷物ではない、生の絵の具の色あいに触れることです。
絵の具の感触
一般の方々にとって、美術作品は印刷上のものでしかありません。印刷されたものは、詳細に形を再現することは出来ますが、実際の絵の具によって描かれた質感までは到底再現できません。
美術館で実際の絵をご覧になったことがある方にはお判りだと思いますが、生の絵の具の発色やその肌合いは、何ものにも代え難い価値があるものです。
壁画
このチェーン店にはさまざまな技法のアートワークが施されています。まず代表的な壁画と天井画です。
階段の壁、カウンターバーの天井などに、ルネサンスから 19世紀にかけてのヨーロッパの壁画や絵画の模写が描かれています。通常の模写と異なる点は、作品のサイズを大きく変更していることろです。また、いろいろな原典から、パーツを抜き出して再構成した作品も数多くあります。
パネル作品
日本画の浮世絵、錦絵、南蛮渡来図などは模写と原典からの再構成で多くのパネル作品を制作しました。
師弟制度が強い美術界では、洋の東西を問わず師匠の優れた造形をなぞることでその技術と美しい形状を伝えてきました。こうやって過去の優れた形状をなぞって再構成することは、実は伝統的な美を学ぶ姿勢と同じではなかろうか、などと思ったりしたものです。
小さなサイズの精密な日本画を、このように大きく引き延ばすことによるデザインの強調は面白い効果を生みます。いかに原典が優れたデザインか伺えるというものです。
模写とデフォルメ
ときには本当の模写を依頼されたりします。フラゴナール、アングル、そして精密な日本画など、難易度の高いものばかりです。ただし模写の注文が多かったのは遙か20年以上前、バブルの真っ最中のできごとでした。
絵描きとしては、他の人たちのようにバブル時代を悪くいうつもりはありません。中には、美術に興味を持ち、模写を注文したり、あるいは若い作家の作品を買ったりした人もいたでしょう。人々は良いお店にお金を落とし、良い店は磨きをかけるために内装に凝るのです。皆が皆、土地や投機でギャンブルばかりやっていたわけではありません。
模写や再構成からさらに一歩進んで、よりポップにアレンジしたデザインが店舗によく合うことも発見しました。