フレスコ画とは一般に美術用語で、漆喰に描く描画技法を指します。
壁面に漆喰を塗り、乾ききらない間に顔料で彩色していく技法です。漆喰の自然乾燥に伴って化学変化が起こり顔料が固着するので、顔料を定着させるためのバインダーが不要、美しい色が長期間固定されます。
フレスコ画 FrescoとSecco
イタリア語の Frescoは英語のFreshにあたり「新鮮な」という意味。漆喰が新鮮なうちに描かなければならないことからの命名であるとされています。
フレスコ画の技法と言えば上記のような生乾きの漆喰に顔料を置いていく方法が一般的ですが、この技法は Affrescoという湿式画法で、それ以外に乾式画法セッコ(Secco)という方法があります。すでに乾いて乾燥した漆喰の上に、消石灰などのバインダーを用いた顔料で描く技法です。
中間的な半湿式のメゾフレスコ(Mezzo Fresco)という画法もあります。文字通り中間的な方法や湿式と乾式の併用を指します。
厳密には湿式のAfrescoをBuon Fresco(真のフレスコ)と呼び、多くがフレスコ画=Buon Frescoとして共通の認識をしているのが実情ではないかと思います。
Secco
乾式フレスコ画であるところのセッコですがもう少し詳しく観ていきましょう。「乾いた漆喰の上に描く」ために顔料をバインダー(媒材)で溶いて描画します。どんなバインダーを用いるにしろ、その目的はやはり化学変化による固着です。古より研究と実験を重ねてきた先人たちの知恵によって、乾いた漆喰の上にどのようなバインダーを使用すれば顔料がしっかり固着するか見極められてきました。
バインダーとして用いられるのは卵、兎膠、石灰カゼインなどです。化学変化の力で、漆喰に対して強い固着力を発揮します。
そして現代ではアクリリックも重要なバインダーとなります。
「顔料+バインダー」を「絵の具」の名で工業製品として大量生産している現代において、支持体に対するバインダー選択の意味が大きく様変わりしています。
フレスコ画と呼ぶこと
アートにとって、過去においてはバインダーの技術や知識そのものがジャンルを築く重要な要素であったことに対し、現代では目的や表現技法が重要視されます。
つまりかつて「漆喰壁に描く」ために得た技術を「フレスコ画」と呼んでいたに対して現代では「漆喰壁に描く」という目的を「フレスコ画」と呼ぶということです。
それどころか、必ずしも「壁材=漆喰」ではない現代においては「漆喰壁に」という前提すらなくなりつつあります。
つまり「壁に描く」=「フレスコ画」の認識の誕生です。
アクリルバインダーの存在が、技法としての「フレスコ画」から表現としての「フレスコ画」へと変遷を遂げさせたとも言えます。
建築図面のフレスコ画
アートに造詣の深い人が見れば怒り出すかもしれません。「フレスコ画は湿式フレスコ画のことで、あくまで画法・技法を指す。バインダーにアクリルを使用とかふざけるでない。さらに、言うに事欠いて壁画=フレスコ画とは暴論もいいところだ。愚か者め」と、こういう意見はあるかもしれません。私もはじめて建築図面にフレスコ画と指定されているのを見たときは大変おどろきました。
「ここ、フレスコ画と指定されてますが、フレスコ画(湿式フレスコ画)で施工するんですか」
「そうですよ。フレスコ画(壁画)で施工してください」
「あれ?壁のところ、プラスターボードに塗装下地の指示がされてますが」
「ボードに塗装ですよ。何か問題でも?」
「あの、フレスコ画(湿式フレスコ画)ですよね、ここ」
「そうですよ、フレスコ画(ボードに書き絵)ですよ」
「どうして下地がボードに塗装なんですか?」
「えっ?どういう意味ですか?」
と、まあこのように漫才にも似たコミュニケーション不全を巻き起こしたのですが、後になって「フレスコ画が必ずしも湿式フレスコ画技法を指す言葉ではない。そしてそれはすでに一般化している」と知りました。建築業界だけなのかもしれませんが。
しかし、イタリアから送られた図面にも、ボード壁にアクリルによる壁画をFrescoとして指定されていたのを見て確信。壁画のアーティストに質問もしてみたのですが「フレスコで問題ない」とのあっけらかんとした答え。
現代では、壁画全般をフレスコ画と表することに関して、特に問題がなさそうなのです。ちょっと腑に落ちない気もしますが、現実は現実です。
本国に見るあやふやな言葉の定義
テンペラという技法があります。卵の黄身を媒材に顔料を溶いて描く画法です。媒材に油を用いる油絵の技法が完成するまでは主流の技法でした。
さて、イタリアでは現在、不透明水彩の画法をすべてテンペラと呼んでいます。もうあれですね、イタリア人のラテン気質全開で「細かいことはどうでも良いんだよ!」っていう感覚がにじみ出ています。
大らかですね。
イタリアのフレスコ画